残暑が厳しかった9月上旬の昼下がり。都庁前の食品配布会で、肩の下まである長髪を結んでキャップをかぶった男性に声をかけた。他の来場者と比べて若い。スマホとつなげたイヤホンを耳から外すと、19歳だと教えてくれた。生活保護を利用し、千葉県の施設で暮らしているという。
無料の音楽ソフトで作曲する男性=東京都新宿区で
山口県出身。子どものころから音楽が好きだった。軽音楽部に引かれて高等専門学校に進学したが学習についていけず、3年進級時に中退した。その後は実家近くで1人暮らし。食料品の工場や飲食店で勤めたが、人間関係などに行き詰まり働けなくなった。50万円ほどの借金も抱えた。
昨年10月。「母が突然、飛行機の片道航空券を取ってくれました」。所持金5万円ほどで東京駅までやって来た。どうしていいか分からず、そのまま近くの区役所に行った。今後の生活について相談し、自立支援センターに1カ月ほど入った後に生活保護を申請。区役所から紹介された千葉県の施設に入った。今はケースワーカーと自己破産の手続きを進めている。
何の当てもなく東京に送り出された経緯に違和感を覚えた。どうして、と問うと、「母のそばにいたら(自分が)甘えてしまうかも。母なりの愛情だと思う。家庭は金銭的に余裕がなく、事情があったのかもしれない」。
シングルマザーだった母は男性の中学卒業時に再婚。新しい「父親」とは合わなかった。顔を見れば、言い争いばかりしていた。
「新しい父との間にできた子どもに集中したかったのかな」。一呼吸置いて、そうつぶやいた。
自己肯定感は低いという。「小学生のころからクラスでも疎外感があった。すぐにキレてしまい、周りに迷惑をかけるのが一番つらかった。働けない自分は生産性がなく、社会不適合者。自殺は何度も考えた」
それでも、夢中になれることがある。高専時代に始めた作曲だ。
無料の音楽ソフトで作った曲を聴かせてもらった。電子音の荘厳な旋律、しっとりとした歌声が重なり、まるでオーケストラのよう。驚く記者に、はにかみながら笑顔を見せた。「音楽家になりたくて」(中村真暁)
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