ステージで多摩川水害などについて話す松原市長(左)と木原さん=いずれも狛江市で
1974年9月に東京都狛江市で堤防が決壊し、家屋19棟が流失した「多摩川水害」から50年を迎えた1日、市は当時の被害や現在の対策などを知ってもらう防災イベントを開いた。リニューアルした「多摩川決壊の碑」も公開した。(北浜修)
リニューアルした「多摩川決壊の碑」
小田急線狛江駅前の狛江エコルマホールで催されたイベントには、親子連れら約550人が参加。気象予報士の木原実さんと、当時は市の新人職員だった松原俊雄市長が登壇した。松原市長は74年4月に入庁したばかりで、水害では避難所の運営を担当した経験を語った。
木原さんが当時苦労した点を尋ねると、松原市長は「情報の伝達が難しかった。携帯電話もなく、ジープで現場へ行き、見聞きした情報を避難所にいる職員に口頭で伝えた」。そのため、避難者に情報が伝わるまでは「タイムラグがあった」と振り返った。
現在は携帯端末で災害関連情報を得られるが、交流サイト(SNS)には偽情報が紛れている恐れがあり、市長は「フェイクニュースには注意しなければ」と指摘。木原さんも「(情報の)出所が個人か公か。公でも少なくとも2カ所からの情報を照らし合わせるなど慎重にしないとだめ」と、災害関連情報をチェックする重要性を呼びかけた。
市は多摩川が氾濫した場合に備え、浸水が想定される地域の電柱に、どのくらいの高さまで浸水するかを示した「想定浸水深」の表示板を取り付けていることも紹介した。
また、水害を後世に伝えるため1999年に河川敷に設置された碑を、市がリニューアル。会場では、高さ約1・4メートルの三角すいの新たな碑が公開され、当時の水害の写真も展示された。
多摩川水害の被害状況を撮影した写真
<多摩川水害>1974(昭和49)年9月1日、台風の影響で多摩川が増水し、狛江市内の堤防が約260メートルにわたり決壊。2日未明から家屋が流され始め、流失は19棟に及んだ。